2013年8月27日 (火)

ワークワークファンタジア(41)

 稲は世界的に見ても珍しい穀物だ。1粒のモミが100粒以上になるのは他の小麦や大豆などの穀物を上回る。唯一トウモロコシが匹敵すると思うが、カロリーベースだと米のほうが上回るだろう。まあ、どっちが上かというのはあまり重要ではなく、文明あるところに穀物ありというところが大切だ。

 では文明時代の米作風景はどんなものだったのか。弥生時代の水田は四角くなかった。緩い勾配の斜面に4-6本ほどの苗を植えられるL字型の囲みをワラと泥とで作る。湖沼地帯の沿岸から多少さかのぼる感じで水田を開き、そこへ水を落とし込む水路を開くのが米作風景の原型であったようだ。

 日本列島地域で水田が四角くなるのはずっと後のことで、この物語の舞台である古墳時代前期になってからだ。中国大陸では伝説の大帝国・紀元前2世紀の周の建国以前のころに100倍穀物の米に注目して、それを大々的に採用したらしい。この物語の舞台である4世紀の500年以上前のことだ。

 水田が四角いのは多人数で一斉に並んで田植えをするためだろう私は思う。「一斉に」というのは帝国的な軍事行動的な発想だ。そのころに暦もさかんに作られた。稲の栽培をつかさどるのが暦(こよみ)だったろう。

 「こよみ」は日(か)読みの意味だろう。実際には月の消長を読んで1ヶ月の長さを知り、そこから1年の長さを測った。1年の365日=12.3月という、0.3をどう処理するかで暦はさまざまに分かれた。1月1日をどこに置くかも国によって違った。実際、現代社会でも暦はとても違う。日本は明治維新で太陽太陰暦に移行したから世界中が同じだろうと思っているが、実際には現代世界の半分くらいしか通用しない。1月1日が違うどころか、1年の長さそのものも違う。

 音楽は世界観を形作る上で重要なヒントになった。単に時間概念の基本がテンポである以上に、グレゴリア聖歌のいうハーモニー(調和)が3・4・5のピタゴラスの定理に従うという数学的な発見が暦の確定に寄与したようだ。3+4+5が12になるということは暦の成立と無関係ではあるまい。ピタゴラス学派は、和音を心地よいと感じるのは人も世界も「調和」に律せられているからだと考えた。律は暦だけではなく、人の生そのものを律すると考えられたわけだ。

 古代中国では、月の消長を読んで1年のリズムを規定することを「律(りつ)」と呼んだ。律令制の「律」がそれで、そもそもリズムを表す音楽用語だった。暦を司るのが王の役目だった。王国とは稲を植える時期が同じである一定の領域であり、暦を司る王とは稲魂(いなだま)を祀る神官であった。つまり暦の数だけ王権が林立したわけだが、それが標準的な太陰暦に収束する過程が帝国の成立だったろうと思う。

 

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