2013年8月 9日 (金)

水彩スケッチ アユギャラリー 鈴木喜一さんの葬儀の後で

 東京かぐら坂のアユミギャラリーを描いてみた。ここは高橋建築事務所として1953年に建てられたものだ。今は娘婿の鈴木喜一さんの建築事務所として引き継がれており、1階はギャラリーとして公開されている。

 わたしたちはここで武田五一記念展を1999年に開いた。主催は近代建築メーリングリストと赤レンガの東京駅を愛する会が引き受けてくれた。オープニング当日は大雪で深夜バスがギャラリートークに間に合うかはらはらした。わたしがアユミギャラリーを初めて訪れたのはこのときだった。実行委員で展示設営をしているあいだに鈴木さんはギャラリー前で落ち葉を集めて焼き芋を作ってくれた。アルミホイルをむいていただいた焼き芋はとても暖かくておいしかった。初めての場所で緊張していたわたしが神楽坂と鈴木さんが大好きになったのはこのときだ。その鈴木さんの葬儀に参列したその後でアユミギャラリーを描いてみた。


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 アユミギャラリーのトップページ(参照)にある鈴木さんのスケッチをまねっこしてみた。鈴木さんがスケッチした位置はすぐに分かった。しかし、この角度はわたし好みでは無い。辛抱して描いてみたのが上の一枚目だ。「スケッチに失敗は無い」という鈴木さんの教えにはげまされて描いてみたものの、どうも納得がいかない。同じ構図で描けば弔いになるだろうと思っていたが、それはとんでもない僭越な自己満足だったのだと思い知った。


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2013.08.02/ケナフ紙(ハガキサイズ)、4Bホルダー、透明水彩/東京都新宿区神楽坂

 納得いかないのでもう1枚描いてみた。おそらく、わたしならこの方角からは描かない。でも木が茂り過ぎて描きたい方向からはスケッチできない。仕方がないので同じ方角ながらもっと接近して描いたのが2枚目である。黄色い壁の彩色が鈴木さんのスケッチに似ているので安心した。この色遣いこそ建築家・高橋博の本領だったのだろう。そのことを鈴木さんはスケッチしながら感じていたのではないか。

 東京へ来るまでは、故人と同じことをすれば弔いになるだろうと安易に考えていたが、それは間違いだった。そもそも同じことはできないし、もしできたとしても故人はさほど喜ばないだろう。わたしは以前「円満字さんのスケッチだなぁ」と言ってもらったのがうれしかった。だから弔うつもりなら、そう鈴木さんに言ってもらえるような絵を描くのが良いのだと思う。長いあいだ本当にお世話になりました。ありがとうございました。

 

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