(注)あらかじめストーリーを考えているように見えるかも知れないが、ほとんどアドリブである。あまり綿密なプロットは書けない。そこが弱点でもあり長所でもある。
遠くで雷鳴のような音が響いたのを多くのものは聞き逃したろう。続いて地鳴りのようなゴーという音が近づいてきた。音は次第に大きくなり、口上を述べていた族長は言葉を飲んで左右を見回した。群衆も騒ぎをやめて不安気に空を見上げた。見上げた空はさきほどからと変わらぬよく晴れた初夏の青空だ。しかし強い風が宙をうならせるような音が確かに聞こえる。一瞬の静寂の後に一陣の風が吹いた。それがどこから吹いたのか誰も分からなかったが、巫女から同心円状に居合わせたものたちは吹き倒された。
ようやく起き上がったものたちは異変を目にした。巫女と大巫だけが座ったままだったが、目の前でふたりの姿が変化していく。大巫は時間が逆に回るように若くなっていった。長い白髪はみるみる内に黒くなった。巫女も髪が伸び顔かたちも変わっていった。こちらは年齢が先へ進み大巫より多少年上になって止まった。衣装も新羅の大巫のものだ。巫女は新羅の女王になっていた。ふたりは姉妹のようによく似ていた。
まわりのようすも変わっていた。祭殿は消え見渡すばかりの麦畑に黄金色の穂揺れていた。そこは丘の上の陣地で、祭殿にいた族長たちはみな軍装で巫女と大巫を取り囲み軍議のさなかだった。群衆たちはみな兵士の姿に変わりそれを見守っていた。
軍議は千々に乱れていた。戦意は薄く責任のなすりつけが始まっていた。うつむいたまま聴いていた巫女が急に立ち上がりサッと手を上げたかと思うと天空から小さな雷が目の前に落ちた。こういうせっかちなところは巫女とそっくりだ。女王はにやっと笑って族長だちを見回した。
「いまこそ決戦の時じゃ。それが分からぬほどおぬしらはもうろくしたか」
口の悪さも巫女と同じだった。
「お待ちください。それでは何もかも失ってしまいます」
そういさめたのは大巫だった。りんと通る声だった。
「ご覧ください。この戦場で決戦をいどむなど考えられません。今はいったん退くしか方法はあり得ないでしょう。もうろくしたのは姉さんのほうじゃありませんか」
「ちっ」
巫女は舌打ちすると大巫をにらみつけた。
「これほどの軍勢がそれほどすばやく退けると思うか、たわけものめ!」
大巫も無言のまま巫女をにらみつけた。巫女のかたわらにいた将軍は眼下の情勢をざっと見た。丘のふもとに河原があり、対岸に敵陣がある。騎兵2000、歩兵1万2千、7つの兵団から成るようで、それぞれの司令部が幡をなびかせているのが見える。軍旗からそれは今は滅びた大伽耶の軍勢と分かる。敵はそれだけではなかった。対岸右の丘には高句麗の陣地があり、さらに左方の丘には百済軍が陣を敷いていた。ひるがえって自軍は辺境諸部族の混成軍らしい。軍備も兵装も敵軍より数段見劣りする。軍装がカラフルで派手なのと、やる気満々なのが取り柄だ。ワークワークと似ている。兵力はせいぜい5000、騎馬は500と言ったところか。
「絶対的に不利ですな」
「楽しそうだな」
巫女は再びにやりと笑った。
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