2012年8月 4日 (土)

ワークワークファンタジア(30)

「いったい、これは、、、」

 百済の律令官は思わずつぶやいたが、続く言葉をかみ殺した。事態は明らかだ。燕(えん)の軍旗がここにあるということは東晋のテグ駐屯軍がいつでも燕軍に変わり得るということだ。

 百済は駐屯軍が軍閥化していることを知っていた。それはどの辺境軍も同じで、交易に介入することで蓄財をはかっていた。それは東晋本国も承知のことだろう。百済は駐屯軍に便宜をはかることで高句麗へ鉄を送ることができた。しかし燕国と通じていたことには気づかなかった。律令官は副官にそっと指示を与えた。副官はそのまま会場を出て行った。

 新羅にも動揺が走った。高句麗が燕国と同盟を結び新羅北方のワイ族の領域を攻略する準備に入ったことも察知していた。しかし伽耶を押さえる東晋軍が燕国と通じていたとすれば、攻略の真のねらいは新羅を挟撃することではなかったのか。

 金官伽耶は事態を理解できずに混乱していた。ワークワークに東晋軍を襲わせることは我々が考え出したことだった。もしワークワークが東晋軍を撃破しなければ、いずれ伽耶は燕国に支配されたということなのか。

 文字の読めないワークワークだけが平然としていた。その黄色い旗が何なのか理解できなかったからだ。ただ、会場の雰囲気が一変したことは分かった。それがなぜだか分からずに身構えた。

 これまで沈黙を守っていたテグの長老が発言した。彼らは伽耶国の正統な後継者なのだが、王族が金官伽耶へ逃れたことで、地方部族のひとつとしてしか認められていない。ただし実質的に製鉄を担っているという強みがある。

「われわれが倭人の大巫を招来しましたのじゃ。承知のように鉄の龍脈は枯渇しておる。採掘を続けるならば大地の龍を祀りなおす必要がある。しかし龍を祀る一族である我々テグでも大巫は絶えて久しい。そこで古代の五拍の律が伝わる倭人に巫女を送るよう願ったのじゃ。」

 長老は参会者を見渡して宣言した。

「東晋兵は龍を祀ることを阻もうとして滅ぼされた。その後、古城で龍が立ったことは皆も見たであろう。これは大伽耶龍の神話の再来である。」

 これは鉄の生産再開のための条件としてワークワークに龍を祀らせろという提案だ。鉄は百済と新羅の共通の利益だ。利害の不一致のなかで共通の利益を求めることが政治だ。トモ族の王子はそのことを学んだ。

 百済の律令官がトモ族の王子に穏やかに言った。

「貴殿は倭人は大巫を守護すると言ったな。その任を果たしてほしい。」

 講和は成立した。テグは大巫の領域としてテグ族と倭人が管理する。ワークワークは輸送船イクノを返還する。カラノは難船として処理し積み荷もろともワークワークの所有に帰す。百済と新羅はいったん兵をひき伽耶を監視する。金官伽耶はこれまで通り百済と協力して東晋へ鉄を送るが、テグがワークワークの管理下に置かれることで実質的には鉄の利権を失った。

 酒宴が始まった。律令国である百済は酒席でも決して乱れないが、新羅とワークワークはすぐさま無礼講となって大騒ぎになった。これは龍の再来を言祝ぐ酒宴だ。騒ぐほど神事にふさわしい。しかしワークワークも新羅もさほど酒に強いわけではなかった。気がつくと酒宴場で酒を飲んでいるのは将軍と律令官だけだった。

 律令官が将軍に尋ねた。

「おまえはこうなることを見越していたのか?」
「知らん。」
「そうだろうな。おまえはいつもそうだ。」

 律令官は杯を飲み干して続けた。

「で、お前はこれからどうするのだ?」
「、、、知らん。」

 律令官は高笑いして言った。

「まあ、祖国が無くならないことをせいぜい祈ってくれたまえ。」

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