2012年8月 5日 (日)

さぬきメモ(04) 井筒屋敷

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2012.07.23、香川県東かがわ市引田

 香川県へ入ってすぐ引田という港町へ出る。引田と書いて「ひけた」と読む。ここは高松城の支城のあったところで海賊衆の拠点のひとつだ。瀬戸内海に突き出た半島の陰に浜があり、浜に沿って古い町並みが続く。まるで映画のロケ地のようなところだ。

 町の中心に井筒屋敷があった。ここは戦国時代からの家柄で、瀬戸内海航路の交易に従事して富を気づいたが、江戸時代からは酒造りに手を広げた。現在酒造りは廃業し屋敷も4年ほど空き屋になっていたそうだ。それを地元の保存運動の結果、引田町(現東かがわ市)が買い取ることになり、今はこうして公開している。

 帳場に置かれた明治期の招き猫が迎えてくれた。ちょうど市内で集めた古美術の展示会を開いており、こいつも展示品のひとつだ。でも井筒屋敷の主のような顔をしている。わたしたちは、次にさぬきの呪具を見ることになるのだが、こいつはその先駆となった。


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 こいつらは張り子の人形である。左からウサギ、御殿イヌ、エビ付きイヌで高さ15センチくらい。少し傾いたような造形、殴り書きのような顔、八方にらみの目と笑っているような口元、ユーモラスでありながら人界を超えた怖さを備えている。まるで不思議の国のアリスの茶会に並んでいそうなものたちだ。

 高松張り子は100種類以上の種類があったと言われるが今はもうはっきりとは分からない。祝い事で配られた縁起物なのだが、疫病の身代わりになるというホーコさんなど、生々しい呪具でもある。こいつらの作者の宮内フサさんは、現在ただ1軒高松張り子を作っている宮内家の先々代だそうだ。張り子づくりが女性の仕事だというのも興味深い。


高松市のHP 高松張り子の種類


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 広い庭の座敷の床の間に座っていたのがこいつだ。陶器製の手温めでブチ犬なのだが、こいつもすぐ動き出しそうな顔をしている。作者は2代目高橋道八(仁阿弥道八、にんあみ)と言う。京都出身の陶芸家で天保3年に高松藩の招きで東かがわ市に讃窯(さんがま)を開いた。

 高松張り子もそうだが、江戸時代の芸術はデフォルメされた動きのあるものが多い。瀬戸内海沿岸が物流の拠点として豊だった時代は、最先端の京都大阪の芸術と高松や引田のそれとは同期していたのではないか。

 ちなみに讃窯は明治に途絶していたものを1979年に復活させたそうだ。本四架橋児島坂出ルートの着工が1977年(開通は1988年)なので、そのころさぬきの文芸復興の気運があったのだろうか。


讃窯のHP 高橋道八の作品

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