2012年2月16日 (木)

博物館にて

 きのう京都文化博物館へ行った。平安京の地図をぼーと見上げていたら急に声をかけられた。

「ご興味がありますか?」
「。。。へ?」

 わたしは何を言われたのか分からなくて振り返る、とネームプレートを下げた定年直後とおぼしき男がにっこり笑って立っていた。

「平安京にご興味がありますか?」
「。。。はあ。」
「当然ご興味がおありだから見てらっしゃるんですよね。」

 わたしはしまったと思った。こいつはボランティアガイドだ。わたしは病院の窓口の次にボランティアガイドが苦手なのだ。わたしがぼーとしているのを、しばらく前からチェックしていたのだろう。わたしがすぐには動かないことを見越して忍び寄ってきたというわけだ。

「よろしければご説明いたしましょうか。」
「い、いや! けっこうですから! よく知ってますから!」

 断るにしても言いぐさがあるだろうと思うが、そのときのわたしは考え事を中断させられたのがいまいましかったので語気荒く断った。

「そうですか。それではごゆっくり。」

 彼はそれでも笑顔をくずさないし、言葉使いもていねいだ。だから何なんだよ! あんた、なんで平安京が8坊×9条なのか説明できるのかよ! なんで、羅城門の内側に広い空き地があるのか説明できるのかよ! とまあ不機嫌にその場を離れた。

 そのとき電話がかかってきた。わたしは足早に展示室を出ると携帯に出た。すかさずデパートガールのような職員がかけよってきて小声で言った。

「お客さま、お電話は外でお願いします。」
「。。。はぁ?」

 だから外に出たじゃないか! ここは外じゃないのか! 振り返ると出口のほうへ手を差しのばしてにっこり笑っている。そこにもうひとつの自動ドアがあって、その向こう側が休憩ロビーになっているらしい。わたしはそそくさとドアを抜けて用件をすませた。

 展示室に戻って続きを見る。いきなり室町時代になっている。なぜ源平から鎌倉時代が抜けているのか。で、すぐに近代だ。平安遷都から三大事業まで30歩くらいしかない。これでいいのか京都の歴史は。でも近代コーナーの動画が珍しかったのでぼーと見ていると、今度はデパートガールみたいなのが話しかけてきた。

「最初からごらんになりますか?」
「見る!」

 女は壁の小さなボタンを押して最初から見せてくれた。

「これは昔の大丸百貨店です。祇園祭なので長刀鉾が写っています。大丸よりも長刀鉾のほうが高いですよね。」

 知ってるよ! よく知ってるよ! なぜこの場所には説明人間が蔓延しているのか。なぜだまって見せてくれないのか。 

「これは昔の八坂神社の石段下です。」
「そうだね。拡幅前だね。」
「これは昔の岡崎公園で、」
「そうだね、ここに写っているのが図書館だね。次は四条通りだね。これが富士銀行だね。次は烏丸通りだね。」

 ぼーと見ていたいのにいちいち説明しようとするので機先を制して言ってやった。

「。。。お詳しいですね。」
「一応プロですから。」

 何のプロだと言うのだろう。というか詳しくなくても図書館や富士銀行ぐらい見りゃ分かるだろ。そのとき2回目の携帯が鳴った。わたしはまた展示室を出て何か言おうとするデパートガールを振り切ってロビーへ出た。

 再度戻って続きを見る。展示室の片側一面は大きなスクリーンになっていて、うるさく画面が変わる。見たところ洛中洛外図屏風をコラージュしているようだが、くるくる動いて意味がよく分からない。

 伏見人形のコーナーが唐突にあって、けっこう古いものが並んでいた。ここが一番おもしろかった。そのなかに「まんじゅう喰い」がいた。高さ40センチほどの大きな土人形だ。「まんじゅう喰い」は初めて見る。青い衣のおかっぱの童子で真っ二つに割ったまんじゅうを両手に持ってうすら笑っている。細めた目がいかにも私は呪物ですという風でちょっと怖い。

 小さな説明書きには「まんじゅう喰い」とあるだけだ。その素っ気なさがうれしい。英訳が添えてあって「Boy who has manjyu 」とあった。それだとまんじゅうを持った男の子という意味だから「まんじゅう喰い」の「喰い」はどこへいったのか。それにしても「まんじゅう喰い」とは何だろう。ああそうか、このいうときこそガイドを呼べば良かったのか。はたしてこれを説明できるガイドがいるのか。

 そこから先は説明人の配置がなくようやく野放し状態になった。船鉾の企画展示があった。船鉾の先についている鳥が「げき」だと分かった。でも梶に付いているのは「飛龍」とある。これは「しゃちほこ」ではないのか。次のコーナーに京都の古代学協会の説明があった。日銀京都支店を買い取って博物館に転用保存した民間の団体のことだ。いわば赤レンガ建築保存の大恩人だ。その説明を読もうとしたときに3回目の電話が鳴った。

 再再度、展示室に戻ったが、呼び出しがかかったのでもう見ている時間はない。古代学協会の説明プリントをもらっておいた。今回は「まんじゅう喰い」と「古代学協会」が収穫だったな。

 外へ出るとデパートガールみたいのがにっこり笑って来月の割引券を手渡そうとする。最後に直接手渡しするということに営業効果があるのだろう。でもそんなのいらないので断ると女は両手を前に添えてにっこり笑ってていねいにおじぎをした。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」

 ほんとにデパートみたいだな。

 まんじゅう喰いとはなにか
 帰ってネットで調べてみた。この童子に父母のどちらが良いかと尋ねたところ、まんじゅうを二つに割ってどちらがうまいか?と聞き返したそうだ。なまいきなガキだが、これを飾るとこどもが賢くなるらしい。しかも子供がほしいとき北野天神の観音堂でこいつを授かるとよいらしい。そして子が生まれるとふたつにして返納するという。

 ああなるほど。だから衣が青いのか。青は生命の誕生を象徴する木気の色だからね。だから白いまんじゅうを真っ二つにしてほくそえんでいるのか。白は木気を殺す金気の色だからね。金気を割って木気を助けているわけだ。こいつがおまえたちのどちらも好きだとうすら笑っているのは、これが子授けの神さまそのものなのだからだ。

 こういう説明をしてくれるガイドがいるならうれしい。

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