2020年1月22日 (水)

門戸厄神で厄払いをしてきた

 60歳の本厄なので門戸厄神の厄除け大祭へいってきた。小さいころは親に連れられて初もうでに来たものだ。東光寺というからには薬師が祀られているのだろうと思ったらそのとおりだった。薬師如来は東方浄瑠璃界の主だから東光寺なのだろう。これが西光寺なら阿弥陀如来になる。厄神についてはよく知らない。お札に嵯峨天皇勅願とあるから相当古い寺であることだけは分かる。駅から門前までたくさんの屋台が並んでいて縁日気分を満喫した。猿回しがいたのが珍しかった。

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2020.01.18、兵庫県西宮市門戸厄神

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2020年1月21日 (火)

曲がり電柱が無くなる

 もう半分が無くなっていた。先斗町(ぽんとちょう)通りの電線地中化のため用済みの電柱が引き抜かれているのだ。1本くらい残してほしいと思うがだめだろうな。先斗町通りは古い通りなので現在の公道上に庇が覆いかぶさっている。それを避けるためにこんな曲がった形になった。鉄管をとてもきれいに溶接しているのでなだらかな曲線が美しい。この電柱がいつごろのものなのかは分からない。漠然と戦前の京都電灯時代のものかと思っていたが案外新しくて大阪万博のころかも知れない。

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2020.01.20、京都市先斗町

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2020年1月20日 (月)

阪急石橋駅の地下道

 コーナーが丸いので影がふわっと変化してとてもきれいだ。コーナーが角だとそこで陰影がきっぱり分かれるのでこうは見えない。古い地下道はどんどんなくなっているがここは健在なのでうれしい。天井塗装につや消し材をほぼ入れていないようで光が反射しておもしろい効果を生んでいる。ちなみにつや消し材は入れないほうが塗膜として強い。

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2020年1月19日 (日)

【石橋スケッチ】赤い橋

 箕面(みのお)街道が箕面川を渡るところに赤い箕面川橋がかかっている。地元では赤い橋と呼ばれている。なぜ赤いのかは誰も知らない。この商店街の近くのギャラリーで3月に個展を開く。石橋駅周辺がメインのテーマだ。これがその1枚目。油性ペンのマッキーで描いた。これで40分くらい。

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2020.01.18/マルマンスケッチブックA4、油性ネームペン極細、固形透明水彩/大阪府池田市石橋

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2020年1月18日 (土)

読んだ本を忘れるスピードを計算した

 アマゾン履歴を使って読んだ小説の内容を忘れるスピードを測ってみた。

  2016 2017 2018 2019
内容を覚えている 0 0 6 11
なんとなく内容を覚えている 0 1 4 10
書名くらいは覚えている 5 1 4 4
読んだことすら忘れた 11 1 1 0
記憶率 0% 66% 66% 84%

 「内容を覚えている」「なんとなく覚えている」「書名くらいは覚えている」の割合を記憶率として計算した。3年たつと読んだことすら覚えていない率が6割に達しているのに驚く。けっこう忘れるものだ。まあ読んだ本の中身をすべて覚えている必要はないし。私の場合はこんなものだろう。

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2020年1月17日 (金)

本を読むスピードと忘れるスピード

 最近読書メモを付けているので自分の読むスピードがかなり正確に分かった。小説なら400字詰原稿用紙換算で1時間に100~150枚だった。文庫本だと1時間に60~90ページくらい。1冊読むのに3~4.5時間かかる。平均より少し速いらしいが、もっと速い人はわたしの3倍のスピードで読むらしい。とうていマネできない。マネする必要もないが。

 本の読み方についてもうひとつ分かったことがある。本の内容を忘れるスピードだ。最近ある小説を読んでいて85%を過ぎたところでこの本読んだことがあると思い出した。アマゾンの履歴で調べるとわたしはこの本を3年前に読んでいた。少なくともわたしは3年でほんの内容を忘れるらしい。ただし85%の地点で出てきたとある風景だけは3年たっても覚えていたわけだ。

 わたしは小説を風景もしくはイメージとして読みこむタイプらしい。映画的読書法とでもいうべきか。この読み方だと世界観や背景の描写の多い小説のほうが長く覚えていることになる。自分の好みの小説とはそんなふうなものなのかも知れない。もちろん85%の本も楽しく読んだ。また3年後に読みたい。

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2020年1月16日 (木)

犬の話(3)

わたしがクロと名付けた犬がいた。黒いラブラドールだった。大きな犬だったがまだ子供のようでハネハネしながら飼い主に連れられていた。そのときわたしはクロの後ろ10メートルくらいを歩いていた。飼い主の女性は連れと話しながら歩いている。クロはその後ろをハネハネしながらついていく。わたしは犬にだけ聞こえる低く強く小さな声で言った。

「クロ!」

実はクロと名付けたのはそのときだった。名前を呼んだらどんな反応をするか確かめたくなったのだ。もちろん名前は分からないのだがとりあえずクロだろうなと見当をつけてそう呼びかけたのだ。

わたしの声を聞いたクロはバッと四肢を踏ん張って立ち止まると耳をピーンと立ててバババッと左右を確かめた。飼い主が驚いてクロを振り向いた。クロはグルグルまわりながらキョロキョロしている。わけが分からずおびえているようだ。クロは腑に落ちないようすで歩き出したが、それでも抜かりなく左右後ろを確かめながら歩いている。もうハネハネしていなかった。悪いことをしたかも知れない。

それからクロと出会っても名前を呼ぶことはしなかった。

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2020年1月15日 (水)

銅製流しはいいぞ

 金属製流しは独特の素材感があって好きだ。町家や茶室などで銅製や真鍮製などの流しを見たことがある。写真は根来寺のもの。木製天板とよくなじんで美しい。銅は雨樋を作る素材だから当然流しも作ることができる。錺(かざり)職人さんの分野だ。私もいつか銅製の流しを設計してみたい。

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2019.12.15、和歌山県根来寺

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2020年1月14日 (火)

「円満字洋介スケッチ展」告知

 ハガキスケッチ展を開く。絵はまだ描いていない。2月になって授業が終わったら石橋へ通ってスケッチするつもり。おたのしみに。

「円満字洋介スケッチ展」
・会期 2020年3月26(木)ー30(月)、2(木)ー5(日) 
    12時ー午後6時まで(最終日5時)
・会場 ギャラリー173
    阪急宝塚線石橋駅下車1分
    http://gallery173.blog10.fc2.com/
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2017.11.17/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/大阪府池田市石橋

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2020年1月13日 (月)

ゴム入り階段用モルタル平板が2種類あった

 モルタル平板のゴムが丸と十字の2種類あった。修理で差し替えるときに同じものが無かったのだろう。十字が最初で丸型が修理だと思うが、丸型の数が多い。こういうものってこんなに差し替えるだろうか。そんなことを考えていたらつまづきそうになった。こんなの見ていてつまづくのは私だけだろうか。

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2020.01.10、大阪府高槻市、富田駅

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2020年1月12日 (日)

スケッチを描き初めた

 スケッチ教室初回は一点パースを応用した室内スケッチをした。これが今年の描き初めだ。庭からさし込んだ光が暗めの室内に反射してとてもきれいだ。室内スケッチは昨年「月間茶の間」の取材で描いて以来こんな感じに変わった。それまでのスケッチよりも色使いが濃くて気に入っている。今年はどんな風に変わるのかな。楽しみである。

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2020.01.11/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/京都市、町家カフェ「満月の花」

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2020年1月11日 (土)

阪急石橋駅が昭和初期でなかなかよい

 レールを使ったプラットフォーム上屋も少なくなった。ここは箕面線の始発駅でもあるのでフォームが広々としており、それを軽やかなレール上屋が覆っているようすは清々しい。見たところ昭和5年ころに見える。地下道は角を丸く仕上げた柔らかいデザインでこれもなかなかよい。このまま使い続けてほしい。

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2020.01.02、大阪府池田市石橋

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2020年1月10日 (金)

石橋の洋館を見てきた

 前から気になっていた洋館を見に行った。戦後のものに見えるが昭和10年ごろかも知れない。手前の応接間の破風の下端がスパニッシュ風に切り抜かれていて素敵だ。写真では見づらいかも知れないが主屋の母屋が丸と角が入り混じっている。内側から見えるところは製材したものを使い見えないところは未製材のものを使っているわけだ。こういう仕様は和風の大工さんのやりかたのように思う。石橋には和風中心だが洋館も手掛ける工務店があったということかも知れない。

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2020.01.02、大阪府池田市石橋

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2020年1月 9日 (木)

館ものミステリー研究「湯殿山麓呪い村」

 山村正夫のベストセラー「湯殿山麓呪い村」(角川書店1984)を読んでいる。殺人現場となる邸宅の平面図が載っていた。館ものミステリーの平面図は素人くさいものが多いがこれはよくできていた。平面から立面も想像できたので描いてみた。戦後のスパニッシュというのでこんな感じだろうと思う。決して豪邸というほどのものではない。いかにも高度成長期の中小企業の社長宅という趣きなのは小説の設定とおりだ。

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2020.01.02/A4コピー紙、0.5シャーペン2B

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2020年1月 8日 (水)

天龍寺庭園の謎

 上方探索倶楽部で学生さんたちと天龍寺庭園を観にいった。寒い日であった。方丈に座ってスケッチしながら学生さんたちといろいろ話した。

 まずもっともおかしいのは蓬莱島が無いことだ。蓬莱島の方角を規定する鶴島と亀島があるにもかかわらず蓬莱島が見当たらない。とても変だがそれらしい説明もない。誰も不思議に思わないのだろうか。

 もうひとつ分からないのは天龍寺が東西軸となっていること。東から法堂、大方丈、庭園とつらなっている。同じく夢窓国師の庭園のある西芳寺も東西軸だが東から庭園、本堂と並ぶ。また南禅寺は天龍寺と同様もとは後嵯峨天皇の離宮だったが、東から庭園、大方丈、法堂となる。なぜこれほどバラバラなのか。

 いずれもなにひとつ回答が思い浮かばないので、ほかの庭園を観て歩きながら考えてみたい。

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2019.12.22/A4クロッキー帳、0.5シャーペン2B/天龍寺庭園

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2020年1月 7日 (火)

ハスの小さな噴水を見つけた

 本願寺山科別院に六角形の小さな噴水があった。ブロンズ製のハスから水が噴き出す仕組みになっている。ハスの噴水は東本願寺門前に武田が設計した。ここは西本願寺系だが武田作品の影響だろうと思う。西本願寺には藤原義一指導の手水鉢(昭和30年)があった。これもそうなのかも知れない。次に行ったときに記銘がないかよく調べてみる。

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2019.12.21、京都市山科区、本願寺山科別院

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2020年1月 6日 (月)

旧嵯峨郵便局の郵便マーク窓

 これを最初に見たのが学生のころだから1980年代後半のはずだ。ちょうど向かいに新局舎が完成していたので旧舎はなくなるのだろうと残念に思ったことを思い出した。あれから30年間この道を通ることが無かったのでこの建物のこともすっかり忘れていた。先日学生たちと天竜寺を見学したあと高橋先生が風呂屋カフェの嵯峨野湯を案内してくださったので通りかかった。30年前には気づかなかったがよく見ると窓が郵便マークになっている。こんなおもしろい窓は見たことがない(いや30年前に見てるんだけど)。

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2019.12.22、京都市右京区嵯峨

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2020年1月 5日 (日)

宝形の家10 居心地のよい縁側をつくった

 建て替え前の家に縁側があったので同じように縁側を作った。わたしが縁側を設計したのは初めてかも知れない。これがなかなか趣きがあって気持ちのよい居場所になった。その居心地よさを加藤左官の聚楽壁や古い雪見障子がさらに際立たせてくれたように思う。

 縁側は座敷と庭をつなぐものだから庭がないと作れない。住宅から庭が無くなって久しいが、やはり庭や縁側は暮らしの息抜きを与えてくれる大切な場所だと思う。縁側の良さはもっと見直されてよい。

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2020年1月 4日 (土)

第94番の半吉

 2日に宝塚の清荒神へ恒例の初もうでへ行った。みくじをひくのも恒例で今年は半吉だった。半吉は7段階のうちの上から4番目だった。まあほどほどという結果である。内容は次のとおり。

酒席で言葉を慎むことを行い
つまらない人物とのつきあいをしない人は
さいわいにも尊い女性の助けを乞い
まさにわざわいを免れることができるだろう

 半吉なのでわざわいがやってくることが前提である。それをいかに避けるかがみくじの中身だ。
 よく分からないのは「陰公」と「敲」のふたつ。

 公は尊い人、陰は女性と訳すことが多い。陰は女生とは限らないので「陰ながら」とでも訳すほうがよいかもしれない。
 敲は叩く、減らすということ。爻(こう)は形のことなので敲爻は叩いてかたちを壊すという意味になる。「だいなしにする」と訳してもよかろう。

酒席での言葉に気を付けろ
つまらない者とつきあうな
陰ながら尊い人物に助けを求めよ
されば物事を台無しにすることを避けられるだろう

 やっぱり陰公がよく分からない。そのうち分かるのかも知れない。

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2020年1月 3日 (金)

初夢 200102

 ひとりで建築探偵をしている初夢を見た。かみさんに話すと「ゆるぎないね」と言われた。ヲタクとして今年もゆるぎないという意味だ。「それって良い夢なの?」とも聞く。よく分からないが良い夢だと思うのでメモしておく。

 西陣の路地を歩いている。奥に広い庭があるが屋敷はすでにない。

 かたわらに大きな織工場があった。木造2階建ての下見板張りのもので大きなはめ殺しのガラス窓があった。資料館に改造されているらしい。のぞくと2階まで吹き抜けになっており屋根のトラスが見えた。場内には背の高い黄金色の機織り機が据えられていた。動態保存されているのかモニュメントなのかも知れない。上部が螺旋形にねじれており先端はトラスへ達していた。小さな入り口があり市内の大学の機械系の研究室らしい。特別に保護すべき産業のための補助政策により織機を集めている。中へ入ると今風の美術館のようなホールがあった。見学させてほしいと受付でお願いしてみた。聞いてきますと係が奥へひっこんだところで目が覚めた。

(夢読み)
 おそらく目が覚める数分に見たもので黄金色の織機が主役だろう。路地の奥に取り残されたような広い庭園は無意識の象徴だろう。庭園や黄金の織機はそれぞれディテールがはっきりしていたので意識と無意識の連絡がつきはじめていることを示す。しかし庭園は廃止されたものであり織機は博物館に保存されたものでどちらも形はあるが機能はしていない。創造性としてはまだ未熟だということか。保存された織機が見たことのない形で黄金色というのは機能しなかったものが新しいものへ変化し始めているという暗示だろう。

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2020年1月 2日 (木)

宝形の家10 クリンカータイルを使った

 建て替え前の家の玄関がクリンカータイルだったので今回もそうした。以前のものは写真にあるように釉薬掛けの美しいものだった。今回のものは焼きムラのない汎用品ではあるが、なかなか味わい深い。目地を黒くしたのは左官の加藤さんの工夫だ。わたしだとここまで大胆にできずグレーにしていただろう。さすがである。

 このタイルはネット検索してニッタイ工業さんがお持ちなのを見つけた。電話してみると少量でも出すと親切に対応してくださった。クリンカータイルは戦前から外構用タイルとして使われてきた。とくに60年代の公共建築で大量に使われたのでタイル屋さんはメンテ用として同じタイルをストックしているのである。だから通常の出荷は数100㎡となるだろう。たった数㎡の出荷にも対応してくださるのはたいへんありがたいわけだ。ちなみにこの模様は「十字」というそうである。

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今回使ったクリンカータイル
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建て替え前の家で使われていたクリンカータイル

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2020年1月 1日 (水)

第42番の吉だった

 年が明けても何もする気がおきないのでまずは初もうでに出た。昨年は参拝するのに1時間ほど並んだが今年は早く行ったのがよかったようで並ばずにすんだ。幸先がよい。恒例のおみくじ(初穂料200円)は42番の吉だった。吉とは大吉、中吉、小吉、吉と上から4番目、昨年の半吉から1ランクアップした。やはり幸先がよさそうだ。

 みくじの中身は分かりやすい。桂華とは月のことだそうだ。桂の木は月に生えるのだそうだ。

いよいよ春のおぼろ月がのぼってきた
空の雲がどんどんやってきても
貴い人と出会うのであれば
暗い月も再びはっきりするだろう

 多少説明すると月は望みのこと。貴人が雲をはらして月をはっきりと見せてくれるとは貴人の引き立てて望みがかなうという意味だろう。貴人てだれ?とは思うが、まあ幸先のよいみくじである。

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2020.01.01、向日神社にて

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2019年12月31日 (火)

宝形の家09 木工階段

  親柱が手すりより上に突き出ているのは階段を降りるときつかみやすいためだ。その上端を切子型にしたのは遊びだ。この切子のところが図面だと分かりづらいようで若棟梁の片山君が「これどうなってるんすか?」と何度も聞いてくる。見りゃ分かるやろと思って放置していたら「こうっすか?」と試作品をいくつか作ってきたのには驚いた。驚いたがどの試作品も切子になってない。しょうがないのでパースを描いたらいっぺんに通じて次行ったときにはできあがっていた。この階段は単純なので手間は多いが難しくはないと思っていたが難しい難しいと言っていた。階段は木工としては難しいものなのだから仕方ない。

 ちなみに和紙を貼ったように見える壁はスサ入りの土壁だ。よく見ると表面をタテ方向にコテで擦っている。わたしも言われるまでタテ引きだとは気づかなかった。こうすることで上からの光がタテ引きの表面を伝って下まで降りてくる。全体がふわっと明るくなり独特の柔らかい表情を得ている。これも左官の加藤さんの工夫である。

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 手すり子のいっぱいついている階段をしたかったのでこうなった。
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親柱を切子型にした。角を落とすのを切子という。
本当は立方体の角を切って12面体にするが、
そうすると親柱が弱くなるので上だけにした。
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現場用に作った図面。我ながら分かりやすかろうと思う。
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スサ入りの表面をコテでタテに引きづって表情をつけている。

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2019年12月30日 (月)

宝形の家08 青い漆喰

 応接間は青く着色した漆喰を塗った。濡れているときは鮮やかな紺色だったが乾くにしたがって落ち着いたパステル調ブルーに変わりつつある。これから1年かけて乾いていくそうだ。お施主さんの希望で畳敷きとしたが、それと漆喰壁とに吸音効果があるようで静かな居心地のよい小部屋ができた。お施主さんもいつまでも座ってられると喜んでいた。

 照明取り付け部のおわん型の飾りは左官の加藤正幸さんのオリジナルだ。元からサークル状の飾りをするつもりだったが天井が低いので加藤さんがおわん型に工夫くてくれた。光がふわっと反射しておもしろい。

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まだ乾ききっていない状態。
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塗りたての濡れた壁には独特の美しさがある。
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加藤さん考案のおわん型天井飾り。

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2019年12月29日 (日)

宝形の家07 ほんものの京座敷

 座敷とそれに続く居間はご高齢のご家族のためにほぼ旧状に復元した。壁の聚楽土については先に述べたが、この青みがかったグレーの壁はほんとうにいい。旧状はもうすこしホコリがかぶって白っぽかったが、塗り直すと深みのある表情が戻ってきた。この座敷の出来栄えは左官の加藤正幸さんの功だと言っても過言ではない。

 壁のほかに建具と天井と欄間を復元した。

 天井は屋久杉だったが、やはりホコリで白っぽくなっていた。洗われてると年月を経て濃くなった杉の表情が取り戻されてなかなか美しい。わたしは天井まで復元できるとは思っていなかったが、これは奥田さんがぜひやりましょうと言って実現した。おかげで聚楽壁とあいまって落ち着いた京座敷となった。

 京座敷の良さはもっと見直されてよいと思う。お施主さんはここに座ると前の家のいるようだとおっしゃっていた。とてもうれしい。

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復元した京座敷
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再利用した屋久杉の天井
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再利用した雪見障子
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再利用した宝物柄の欄間 

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2019年12月27日 (金)

宝形の家06 竹の魔法

 奥田さんが竹製品を盛り込みたいと言って京都で有名な竹屋さんの竹平商店の和田淳司さんに引き会わせてくれた。竹屋さんの倉庫は戦前の古いもので迷路のようなワクワクする場所だった。

 そこでいろんな種類の竹と竹製品を見せてもらった。そのなかから天井用としてヨシをスダレ状に編んだシートを選んだ。おかげで味わい深い落ち着いた玄関となった。

 ほかに竹を網代に編んだシートを下駄箱の引き戸に使った。これも聚楽塗りの壁とよく響きあって涼やかな美しさがある。

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天井はヨシを編んだもの。お施主さんの選んだ照明器具ともよく合っている。

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下足入れは竹を網代に編んだシートを貼った。
涼やかでありながら温かみもある質感がとても好ましい。

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2019年12月26日 (木)

宝形の家05 プレカットの神技

 今回は工期の関係でプレカットにせざるを得なかった。プレカットとは柱や梁を機械加工することだ。手刻みだといろんなことができるし精度も上がるが1ヶ月から2ヶ月はかかる。工場加工なら1日だ。しかし金物で柱や梁をつなぐ構造となる。それがだめだというつもりはないが日本建築の本当の強さはやはり手刻みでないと実現できない。

 というわけで今回はできるだけ日本建築の技をプレカットに応用してみた。これはけっこう野心的な取り組みだったと思う。

 応用したのは次の3つ。

1.主要な柱の上下を込み栓で留めた(写真)
  込み栓とはさし込んだ柱を細い木のピンで固定すること。

  そのためには長ホゾを作らねばならない。
  長ホゾとはさし込む部分が長いことだ。
  これができる機械のある加工場は極端に少なくて
  今回は徳島の株式会社KRKカキハラが引き受けてくださった。
  ここは構造計算を担当した関西木材の植森貞友さんが探してくれた。

2.垂れ壁補強をした
  主要な柱のあいだに垂れ壁を設けて柱の頭を固めた。

3.柱の足元を固めるため貫を1本入れた(写真)
  貫とは柱をつなぐ横材のこと。

 わたしはこの3つを提案しただけで具体的な設計は植森さんと奥田さんが相談して考えてくれた。最終的にはカキハラの丸山龍さんが一部を手刻みして実現してくれた。おかげで上棟したときまったく揺れなかったと奥田さんが言っていた。普通ははだかの骨組みだけだと金物で締めるまで少し揺れるのだそうだ。それが今回揺れなかったという。長ホゾ込み栓留めの威力だろう。

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柱を桁(横材)に挿し込んで込み栓で止める。
普通の込み栓は角型だがプレカットなので丸型になっている。
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柱の足元を固める貫。

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2019年12月25日 (水)

宝形の家04 鬼師登場

 宝形屋根のトップを瓦で作ることになった。作ったのは鬼師の美濃邉惠一さん。鬼師とは鬼瓦専門職のことだ。奥田さんが屋根屋さんに相談したところご紹介いただいたのが美濃邉さんだった。わたしは鬼師に初めて会った。 

 鬼師さんのお話はたいへん興味深かった。難しいのはムラなく乾かすことだそうだ。夏場は乾燥が早いのでムラが出やすいらしい。横にしたりひっくりかえしたり布をかけたりして乾燥をコントロールするがそれでもなかなかなうまく乾かないらしい。ムラが残ると焼いているときに割れたりゆがんだりするそうだ。そうやって乾燥に手間暇かけているとは知らなかった。

 ちなみにこの鬼瓦のかたちはお施主さんが「天円地方で下は八卦にしてね」というご要望に沿って決めた。特殊なかたちのためどうしたものかと思っていたが美濃邉さんのおかげでうまく納まった。たいへんありがたい。

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粘土で形を仕上げたところ。ここから2か月間かけて乾燥させる。

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焼きあがって現場に届いた鬼瓦。いぶし銀のテクスチャーが美しい。

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2019年12月23日 (月)

宝形の家03 屋根のハマグリ

 宝形屋根はハマグリになっている。ハマグリとはムクリ(ムクリとは反りの反対語)のついた屋根を横ラインの通る段葺きで仕上げることをいう。見た目が貝のハマグリに似ているのでそういうらしい。わたしはハマグリを知らなかったが奥田さんが教えてくれた。

「えんまんさん、小泉さんに見せたらこれはハマグリやな言うたはりました」
「ハマグリてなに?」

 屋根板金は京錺(かざり)職人の小泉義雄さんのところの若手が仕上げた。段葺きでありながらムクリがついているので隅の材料が3次元的な変な形になるという七面倒くさいことになっている。つまり1枚づつ大きさが違うわけだがそれを丁寧に作ってくださった。しかも炎天下で。おかげですっきりとした屋根ができあがった。かっこいい屋根でうれしい。

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2019年12月22日 (日)

宝形の家02 匂いの復元

 今回、一番驚いたのは匂いの復元だった。

 建て替え前の家が聚楽壁だったので、これも復元しようとなった。聚楽壁とは京都の聚楽第跡、つまり二条城北で採れる良質の土で作った土壁のことだ。おおむね京都周辺でも同様の土が採れるので、そうしたものを聚楽土と呼ぶ。現在ではほとんど採れない貴重な土だ。ここでは青みがかったグレーの土だった。これを新築のさいに復元しようというのである。

 言い出したのは奥田拓司さんと左官の加藤正幸さんで、わたしは土壁の復元とかよく分からないのでフーンと聞いていた。加藤さんは聚楽土をきれいにはがして持ち帰った。そして土を洗ったのである。後でサンプルを見せてもらった(写真)。採取した土には砂やスサが混じっているので、それを洗って聚楽土だけを取り出すのである。最終的には美しいブルーグレーの粉になった。これが聚楽土なのかぁ。わたしは塗る前の聚楽土を見るのも初めてだった。

 すると奥田さんが「匂いが残ってるんですよ」という。なにそれと思って精製された最終段階の聚楽土を嗅いでみるとたしかに匂いが残っている。それは建て替え前の家の匂いだということは私にもわかった。お線香や陽にやけた畳やそのほか生活の匂いの混じったもので、そういえばこんな匂いの家だったなぁと思いだした。

 土壁には調湿効果がある。湿気のほかに匂いも吸着するので匂いが残るというのはあり得る。でもそんなことが実際にあるとは夢にも思わなかった。この土で仕上げたので見た目だけではなく匂いまでも復元された。これが今回一番驚いたことである。

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復元された聚楽壁、青みのあるグレー

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土洗いの過程、左端が採取時、右端が精製後

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