2019年9月16日 (月)

旧春日野道変電所があった

 交差点で信号待ちしている正面にあった。柱の上に愛らしい模様がついているようだが離れているのでよく分からない。また神戸に行ったときに確かめてみる。見たところ昭和5年ごろ。かつて阪神電車の阪神国道線がこのあたりが終点だったらしい。「兵庫県の近代化遺産」リストには載っていない。

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2019.09.15、神戸市中央区脇浜町春日野交差点

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2019年9月15日 (日)

モミジの押し型を見つけた

 玄関にモミジの葉っぱの押し型があった。これほどきれいに押せるのか。床材にベンガラが入っているのも紅葉をイメージしているのだろう。おもしろい。

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2019.07.26、京都市東福寺光明院

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2019年9月14日 (土)

この夏見た一番きれいな建築

 朱塗りのため軒下が明るい。檜皮葺がやさしい。柱間に壁がなく軽やかである。この軽やかで優しく明るい建築が深い森の巨木のあいだに見えるようすはこの上もなく美しかった。引率でなかったらスケッチしたと思う。今度また行ってみる。

 まったく同じお堂がふたつ並んでいる。弁慶が渡り廊下に肩を入れて荷(にな)ったというので「にない堂」の別称がある。正式には左を常行堂、右を法華堂と呼ぶそうだ。ちょうど修行中で堂内から読経の声が聞こえていた。その声が深い森にしみわたっていくようすも不思議でおもしろかった。

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2019.08.02、にない堂(比叡山延暦寺西塔)

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2019年9月13日 (金)

京都御苑のクスノキ談義

 通りすがりの年配の方とこのクスノキの話をした。散歩のおりにいつも眺めてらっしゃるようだ。青蓮院前のクスノキも大きいとおっしゃる。よくご存じなのでびっくりした。クスノキ談義で盛り上がった。スケッチは楽しい。

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2019.09.12/マルマンスケッチブックA4、グラフィックペン0.5、透明水彩絵の具/京都御苑

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2019年9月12日 (木)

臥龍廊(がりょうろう)の床がかっこいい

 階段床の塼(せん、平瓦)敷きが美しい。古いものの転用かも知れない。焼きムラがあるうえに風化が進んでいるので良い味わいになっている。段先を白御影で押さえているところもアクセントになってきれいだ。階段の勾配が次第に急になっていくところもおもしろい。

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2019.07.30、高台寺

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2019年9月11日 (水)

高台寺の刻印レンガ

 高台寺に刻印レンガがあったので上げておく。左から「▢にチ」「▢にロ」「▢にチと(漢字)」。探せばもっとあるだろう。最後の漢字は刻印ではない。風構えに出ると書いて「クツ、コチ」という漢字があるがそれではないか。意味は風が吹くこと。筆遣いから見てお坊さんがわざわざ書いたものだろう。なぜこうしたのかは謎である。

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2019.07.30、高台寺

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2019年9月10日 (火)

八坂の塔をスケッチした(2)

 八坂の塔は密集地に建っているのでそのコントラストがおもしろい。これは南西側から見ている。塔下まで路地が続く。路地が下がってまた上がるのはここが川だったからだ。そうしたアップダウンが塔をドラマチックに見せている。
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2019.09.07/マルマンスケッチブックA3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/京都市、八坂の塔

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2019年9月 9日 (月)

八坂の塔をスケッチした

 スケッチ教室の実演で描いた。説明しながら描いているので、説明用の線があちこちに残っている。それも絵の一部になっていておもしろい。

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2019.09.07/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5/京都、八坂の塔

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2019年9月 8日 (日)

西陣電話局の踊り子たち

 左が柱上の裸婦のトルソー、右がその背面に貼られた踊り子のパネル(踊り子パネルは東側立面の庇にもう1パターンある)。どちらも抽象化されて肉感的でも官能的でもない。ただしとても躍動感があって楽しい。踊り子はアニメーションにできるだろう。似ているのはマチスだと思う。マチスのダンスが1909年(参照)で、この建物が大正9年(1920年)。同時代と言える。だからこの建築は表現主義というよりはフォービズムなのかも知れない。

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2019.09.05/ミューズコットンA4、2B鉛筆/京都市「旧西陣電話局」

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2019年9月 7日 (土)

旧西陣電話局を学生たちと描いた

 ふと思いついて学生たちと旧西陣電話局のスケッチに行った。いまはコワーキングスペースとして使われている。何度見ても不思議な建築で設計した岩本禄はすごいなと思う。岩本の亡くなった年齢を軽く越してしまったが、わたしが学生のころ初めて見たときの衝撃は今でも変わらない。あのときの強烈な思いがここへ来るたびに再生されるのも不思議だ。

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2019.09.05/ミューズコットンA4、0.5シャーペン2B/京都市「旧西陣電話局」

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2019年9月 6日 (金)

大山咋神(おおやまくいのかみ)について

 大山咋神(おおやまくいのかみ)考えたことをメモしておく。

 久しぶりにお参りした松尾大社の社殿の後ろに大きな屏風のような岩があった。この巨石を気のあふれる磐座(いわくら)として神を祀ったのだろう。ここに祀られたのは大山咋神。

 大山咋神は大歳神(おおとしがみ)の子だ。下流の向日神も大歳神の子である。しかも雷神だ。だから大山咋神も雷神と考えてよかろう。実際、上賀茂神社のご祭神である賀茂別雷命(かものわけ・いかずちのかみ)の父親は大山咋神なのだ。松尾大社の社殿後ろの岩はよく見ると青い。青は木気の色であり八卦の雷(らい)の色でもある。雷神の社殿を置くのにふさわしい色だ。

 桂川をはさんで松尾大社と向かい合う梅宮大社のご祭神・コノハナサクヤ姫もまた大山咋神の娘である。したがって系図を書くとこうなる。

 大歳神ー大山咋神 ー 向日神(向日神社)・賀茂別雷命(上賀茂神社)・コノハナサクヤ姫(梅宮大社)

 鴨川・桂川流域の古代から続く古い神々がほぼ大山咋神系ということになる。これはいったいどういうことか。わたしは淀川流域から丹波や近江にかけて開拓されたころの古い信仰が大山咋神に残っているのではないかと考えている。神話にコノハナサクヤ姫や賀茂別雷命の母であるタマヨリ姫のような婚姻譚が必ず含まれているのも特徴だ。人は山から命をいただいてこの世に生まれ、死ぬと山へ帰る。山こそ人の帰るべき場所だという考え方が大山咋神の信仰のベースにあるように私には見える。

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2019年9月 5日 (木)

バスを降りたら松尾神の前だった

 きのう現場から帰ろうとしたら突然の雷雨となった。桂駅あたりに落雷し桂・河原町間が不通となった。しかたがないのでバスに乗り四条通りを西へ向かった。嵐山線は動いているようだったからだ。わたしはこうした突然のスコールはなにかが上空を通ったのだろうと思っている。

 さて、バスの終点は松尾橋でそのころはすでに雨はやんでいた。橋の向こうに松尾大社の朱い大鳥居が見えた。松尾神とは大避(おおさけ)神のことだ。大避神は秦氏の先祖・秦河勝でもある。大酒神とも書いてお酒の神様として有名だが、避けるとは裂くだとわたしは思っている。裂くとは大地を裂くことで、つまり水路を拓くことだろう。松尾大社の近くには嵐山の大堰(おおい、取水用のダムのこと)がある。秦氏が大堰を築いて農地を拓き松尾神を祀ったのだろう。

 わたしは赤穂市の坂越(さこし)で歴史散策路整備にたずさわったことがある。坂越にも大避神社があり、そこは秦河勝が流された場所と伝えられる。坂越を流れる千種川に大堰を築いたのも河勝とされている。やはりここでも大堰と大避神はセットなのだ。

 松尾橋のうえには黒々とした雲がゴワゴワととぐろを巻いていた。私は大避神が流されたのはたたり神だったからではないかと考えている。避けるという字も避けるべき神という意味かもしれない。わたしは黒々とした雲を見上げながら、さきほど上空をお渡りになったのは大避神だったのではないかと思った。

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2019.09.04、京都市松尾橋より

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2019年9月 4日 (水)

A3サイズで洋館を描いた

 神戸の旧ビショップ邸。今は中華料理店「東天閣」が使っている。大事にお使いになっていて内部もほぼ当時のままなのがうれしい。ビショップは神戸港の最初のナビゲータだそうだ。ご夫妻とふたりの姉妹でお住まいになっていたという。楽しい家庭だったのではないかと建物を見てそう思う。

 最近A3に挑戦している。まだ手に余る感じがする。線描き30分、色塗り35分だった。はがきサイズだと線描き15分、色塗り5分だから圧倒的に色塗りに時間がかかっている。絵が大きいので絵の具をたくさん使う。そのため頻繁に絵の具を筆に含ませないといけない。それで時間がかかっている。次回はそこを工夫してみる。

 絵はハガキサイズで描いたときとほぼ同じだ。A3に慣れてくれば展開する気もする。年内はA3でやってみる。

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2019.08.31/マルマンスケッチブックA3、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/兵庫県神戸市

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2019年9月 3日 (火)

イノダコーヒ三条通り店をスケッチした

 時間が余ったのでイノダへ行った。この丸いカウンターテーブルが気持ちがよい。わたしのお気に入りの場所のひとつである。

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2019.08.19/クロッキー帳A4、0.5シャーペン2B/イノダコーヒ、京都市三条通り

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2019年9月 2日 (月)

大宮通りのスケッチ

 車に乗っているので視点が少し高い。そのせいで町が違って見えるのがおもしろい。待ち合わせのあいだに描いた。これで8分。

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2019.08.26/クロッキー帳A4、0.5シャーペン2B/京都市大宮通り五条上ル

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2019年9月 1日 (日)

広縁が気持ちがよい民家

 今回のわたしの目当てはこれ。摂丹式の小振りな民家だ(摂丹とは摂津国と丹波国のこと)。黄色い土壁がやさしくて美しい。庭に面して6畳ほどの広縁があり、これがとても気持ちがよい。このまま現代住宅として住めると思う。

 椎葉の民家より軸組が細いので古い形式を伝えているように思う。家の中央にいろりを切るあたりがリトルワールドの韓国民家と共通している。土壁の形式は寒い地域で発達したのかも知れない。

 この絵にバッバッと色を塗りたかった。昔は色塗りが苦手だったが、いつからか色塗りがないと物足りない自分がいる。

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2019.08.25/マルマンスケッチブックA4、グラフィックペン0.5/大阪府民家集落博物館

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2019年8月31日 (土)

宮崎県椎葉の古民家

 入り口正面に宮崎県椎葉の馬屋があってかっこいい。大ぶりな桁を四周にまわして架構を固めている。柱は幅広の貫で挿し固めている。構造がシンプルで美しい。
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2019.08.25/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.5/大阪府民家集落博物館


 下は馬屋の隣の主屋の断面。これは相当大きな住宅だが、やはり構造がシンプルで美しい。馬屋と違うのは目の高さに極太の胴差が入っていること。これは見た目もきれいだし骨組みも強くなる。どこかで使ってみたい手法だ。土壁が無いのが珍しいが、山間部の民家ではたまにこういうことがある。
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 昨年から絵の具仕様が禁止になったそうだ。残念ながら線描のみ。今度行くならクレヨンでも持っていくか。

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2019年8月30日 (金)

笑う狛犬を見つけた

 久しぶりに笑う狛犬を見つけた。小振りながら動きのある見事な浪花型狛犬だ。天王寺の河堀(こぼれ)神社の狛犬に表情が似ている。文政2年(1819年)とあった。200年経っているわりには状態がよい。空襲被害の比較的少なかった大阪周辺地域にはこうした浪花型の良いものが残っている可能性は高い。

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2019.08.25、大阪府、豊中稲荷神社

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2019年8月29日 (木)

梅花学園の円形校舎

 バス通りから突然見えるので驚いた。街並みとの比較で大きさが強調されて見える。円形校舎が次々無くなっているが、ここは大切にお使いになっているようでうれしい。カーテンウォールごしに見える階段がかっこいい。

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2019.08.25、大阪府豊中市、坂本鹿名夫設計、1958年竣工

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2019年8月28日 (水)

豊中の洋館

 昭和5年ころか。よく手入れされていて状態がよい。木製建具がアルミサッシュに入れ替わっていないあたりに建物への熱い想いを感じる。2階正面に丸い小窓しかないデザインはとても珍しい。

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2019.08.25、大阪府豊中市

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2019年8月27日 (火)

カトリック豊中教会

 梅花教会から少し行ったところにあった。車をパーキングに停めて写真だけ撮ってきた。スワガー設計だという。見てのとおりの近代和風で、思い切ったスリット状の窓が小気味よい。この縦長のスリット窓を活かした内部はさらに見事らしい。ぜひ見学したいものだ。

 梅花教会の尖塔の屋根はこの塔を模していたようだ。スワガーはレーモンド事務所の建築家だが、設計名がレーモンドではなくスワガーになっているのはなぜだろう?

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2019.08.25、大阪府豊中市、スワガー設計1939年竣工

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2019年8月26日 (月)

梅花教会

 スケッチ大会から車で帰る途中、道に迷っていて見つけた。なかなかよくできている。鉄骨柱を表に出してバットレス風にした扱いや、尖塔屋根の裾を広げてロマネスク風にしたところなどおもしろい。正面の軒の出の寸法は中央が大きく端部が小さい。つまり真ん中の一番高いところが前に飛び出しているのでまるで船首のようなおもむきがある。とくにおおげさなことをしているわけではないが完成度の高い設計だ。定礎には1972年とあった。

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2019.08.25、大阪府豊中市上野西

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2019年8月25日 (日)

夏休みスケッチ大会

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 今回は大阪府服部緑地の民家集落博物館へ行った。セミは鳴いていたがさほど暑くはならなくて助かった。1時間ほどスケッチしたあと、白川郷民家に集合してみんなで感想会をした。今回もいろんなスケッチがあって楽しかった。みなさんありがとう。

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2019.08.25、民家集落博物館(大阪府服部緑地)

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2019年8月24日 (土)

モツァルトの天才

 モツァルトは天才だったので人雑談しながら作曲ができたという。頭のなかで楽曲ができあがっていてそれを五線譜に移し替えるだけの作業だがらそんなことができたのだ、という。

 これは楽曲は頭のなかのイメージのコピーであるということが前提となる。確かにある程度そうだと言える。スケッチだって、おおよそこんな絵になることは事前にイメージできる。料理だって、作る前にどうなるかはおよそイメージがついているだろう。創作に限らず人はなんらかの行動を事前にイメージできるし、そうすることでスムーズに行動することができる。だから行動はイメージのコピーと言えなくもない。でも、おかしいと思うのはそのイメージは五線譜に書けるほど精密なものなのではなかろうということだ。

 おそらくモツァルトはアドリブの天才だったのではないか。突然作曲もしくは演奏を始める。ジャズの演奏家のようにアドリブで楽曲を生み出しながら申し合わせていたかのようにきれいに演奏を終える。多分そんなとき雑談なんかしない。雑談していたとすれば出来上がった楽曲に手を入れていただけではないか。頭の中にできあがっているともし本人が言ったとすればそれは単にいい格好がしたかっただけだろう。

 ただし、アドリブにイメージがないわけではない。むしろ強烈なイメージが無ければアドリブにならないだろう。通常の行動と違うのはイメージを理解するという過程をさしはさまないことだ。イメージは直感的なもので決して論理的ではない。イメージのすべてを事前に理解することはできない。イメージは本当は人の理解できる範囲以上のものを含んでいるだろう。だから理解したとたんにその大部分は失われてしまう。だからイメージを理解せずにいきなりアドリブとして表現しようとするわけだ。

 まあ、それがうまくいくかどうかは人才ではなく天才にかかっているわけだが。

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2019年8月23日 (金)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか その4

  日本の英雄が少年の姿が多いのは「地山謙」の戦勝祈願の形式を履んでいるからだと考えている。大地の女神に愛された少年こそ無敵なのだ。大国主もまたそうした英雄のひとりであった。末子という設定も暗に易でいう小男であることを示している。この場合の母神は妻問する相手のヤカミヒメだろう。大巫であるヤカミヒメに選ばれて大国主は英雄となり「地山謙」の易が完成する。

[地、山]=[母、小男]=[地母神、少年]=[ヤカミヒメ、オオクニヌシ]

 だから大国主は八白土星であり色は白となる。したがって彼の使い魔である因幡のウサギは白ウサギでなければいけない。これが波ウサギが白い理由である。

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北野天満宮三光門

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2019年8月22日 (木)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか その3

 なぜ、いなばのウサギは白いのか。つまり、なぜ白ウサギは八白土星の山とされたのか。結論から言えばこれは易の「地山謙(ちざんけん)」によるとわたしは考えている。

 易はカード占いだといった。実際にカードは使わないが8つのイメージの組み合わせて占果を得る。イメージは8つあるので占果は64通りとなる。なかでも最強なのは「天沢履(てんたくり)」だ。天と沢のイメージの組み合わせて占果が「履」となる。これはトラのしっぽを履(ふ)んでも大丈夫だと易経にある。もちろん占果は両義性があるので占う内容によっては最悪の場合もあろう。ただし予祝儀礼の場合は縁起がよいのでよく使われる。

 予祝とは前祝いのことで、欲しい占果を形にして祝う。「天沢履」なら天なるものと沢なるものを壇上にあげて祀ることが多い。このときの天なるものと沢なるものの代表例が父と小女だ。こうして小女が天父を祀る信仰の形式が生まれた。祇園神を祀る舞子も同じ形式だろう。

 「天沢履」はオールマイティな占果なのであらゆる予祝に応用できる。この易と対をなすのが「地山謙」なのだ。つまり大地なる母神と山なる小男の組み合わせだ。謙とは謙譲のことで、節度を守ればあらゆる敵を打ち砕くと易経にある。この易は戦勝祈願のための予祝儀礼になくてはならない。

 こうして戦時には地母神になぞらえた大巫と少年の姿の英雄の組み合わせができたと。ヤマトヒメとヤマトタケル、推古天皇と聖徳太子、クラマ神と牛若丸、探せばもっとあるだろう。いなばの白ウサギの神話もその形式を履んでいるとわたしは考えている。(つづく)

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祇園祭月鉾

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2019年8月21日 (水)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか その2

 九星図とは洛書と後天図を組み合わせてアレンジしたものだ。洛書とはこれだ。
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 星が並んでいる。これを数字に置き換えるとこうなる。
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 これはシンプルな魔方陣だ(魔法陣ではない)。魔方陣とは同じ数を2度使わずにマス目を埋めてどの列の数字を足しても同じ数になるものをいう。3×3のマス目の場合は、これとこれの左右対称形のものの2種類しかない。マス目が増えても魔方陣は成立し数学の問題として有名だ。032  
 後天図とは易の8つのイメージを並べたものだ。
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 易は(天ー地)(火ー水)(山ー沢)(雷ー風)の4セット8種類のイメージを使うカード占いだ。その並べ方は2種類あり先天図、後天図と呼ばれている。後天図は上図だ(図の上が南となる)。
 後天図は土気が右上と左下にあり、これをつなぐ斜線が陽気と陰気とを分けている。つまり右上は木気と火気、左下は金気と水気だ。これは暦と対応しているのだが、その話はまだ別のところでしよう。
 九星図はこのふたつの図を合体させてアレンジしたものだ。
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 九星図がいつからあるのか分かっていない。ひょっとすると九星図は後天図より前にあったのかもしれない。
 さて、九星図は上のようになっている。数字は洛書と同じだ。色はなぜこういう配置なのかは不明だ。白が3度使われている理由も分かっていない。木星や土星の木や土は木気、土気という意味で、星は洛書が星で表されていることから派生しているのだろう。
 
 いなばの白うさぎの「白」はこの八白土星の白だと考えるわけだ。白は水星や金星もあるが、ウサギは土気の神様のお使いだということで土星を選んでいる。


 さて、ここまでが前置きである。ではなぜウサギの色を九星図まで引っ張り出して白にしなければならなかったか。五行説で言えば土気の色は黄色なので土気を強調したいだけなら黄色でもよいわけだ。長くなったので続きは次回に。

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2019年8月20日 (火)

いなばの白ウサギはなぜ白いのか

 波乗りウサギはわたしの呼び方で本来は波ウサギという。謡曲「竹生島」を語源にあげることもあるが、あれは語源ではなくて古い使用例というのが正しい。「竹生島」では波が騒ぐようすを波の上をウサギが飛ぶさまに見立てている。波が荒れると三角波のてっぺんが次泡立って飛ぶ。それは確かにウサギが飛んでいるように見えるだろう。もちろん出雲神話のワニの背を飛ぶウサギと同じイメージだ。おそらく波ウサギという海民の使う古い用語があったのではないかとわたしは思っている。

 わたしは丹後半島で野ウサギを見たことがある。白くはなかった。日本に野生の白ウサギがいるのかどうか知らないが、イギリスでもピーターラビットは白くない。ウサギが白いものだというのは思い込みだろう。しかし波ウサギは必ず白い。なぜか。これは九星図の八白土星の「白」だと私は考えている。ではなぜウサギが八白土星なのか。長くなったので続きは次回に。

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霊鑑寺(京都市左京区)

 

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2019年8月19日 (月)

霊廟系はウサギが多い?その2

 ウサギについて補足をしておきたい。なぜウサギが冥王の使いなのか。これはウサギが穴に棲むからだろう。地中に棲むから地底の冥王の使いとなるのだ。だからネズミでもよい。大黒天の使いはネズミだ。大黒天は大国主命と習合(同一視)されている。

 おもしろいのはルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」でアリスを地底の国に導くのがウサギだということ。キャロルは東洋思想を知っていたのではないか。地底国のハートの女王は赤いバラを愛していた。赤は火気を示す色。ハートの女王が土気だったら火気を愛するのは当然だろう。土気から火気が生まれるからだ。やはりキャロルは東洋思想を知っていたとしか思えない。

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浄心寺(京都市中京区裏寺通り蛸薬師)

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2019年8月18日 (日)

霊廟系はウサギが多い?

 大正元年の再建だそうだ。ぎこちないところが愛らしい。

 最近思うのだが波乗りウサギは霊廟に多いように思う。霊廟とはお墓のことだ。ここには秀吉の妻ねねを葬り神として祀っている。れっきとした霊廟系だ。ほかには最近見た滋賀院(そこは慈眼大師のお墓に隣接)や出雲大社など。理由はウサギが大国主命の使い魔だからだろう。大国主の国は大地を指し、彼は地底を司る冥界の王である。

 霊廟建築にウサギを使うとき両方とも口を閉じるというルールがあるように思う。こいつらも陰陽どちらも口を閉じている。出雲大社がそうなっていたし、滋賀院では両方とも陰気の振り向きタイプだった。

滋賀院 http://www.tukitanu.net/2019/07/post-244b20.html

 また、ここのように左右が逆転しているのも珍しい。それも霊廟系だからだろうか。

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2019.07.3、高台寺勅使門

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