2026年2月18日 (水)
2026年2月17日 (火)
京阪新瓦町ビルの馬
ビルを所有する京阪神ビルディングは、設立当初の社名を京阪神競馬株式会社といい、場外馬券売り場などを手掛けていた。このビルを建てたころには社名から競馬は落ちていたが、こうして壁面に刻み込まれている。馬が楽し気でよろしい。
ブログ「モダン周遊」によれば、彫刻家の植木茂の作品だそうだ。京阪神ビルディングのHPによれば、日本設計工務設計、鹿島建設施工、1962年竣工。
https://suzumodern.exblog.jp/25069587/

2025.05.25、大阪市中央区
2026年2月16日 (月)
2026年2月15日 (日)
2026年2月14日 (土)
2026年2月13日 (金)
2026年2月12日 (木)
2026年2月10日 (火)
2026年2月 9日 (月)
2026年2月 8日 (日)
2026年2月 7日 (土)
2026年2月 6日 (金)
2026年2月 5日 (木)
松竹座さようなら?
2026年5月公演で閉館するというのでスケッチしてきた。しょうちくの発表では設備更新が理由とある。劇場は容積が大きいから特別な空調設備が必要だ。緞帳やセリ、背景の昇降機など舞台装置ある。1997年の建て替えから30年なのでそうした設備の更新時期なのだろう。その費用の捻出に苦心なさっているのだと思う。
今後どうするのかは決まっていないらしい。1997年にせっかく外壁保存したのだから、外観はぜひ活かしてほしい。劇場以外への転用も技術的には難しくない。なにか楽しい計画を期待する。
松竹発表 shochiku20250828-1.pdf
2024.02.03/ヴァフアール水彩紙粗目F4、グラフィックペン0.5、固形透明水彩/大阪市中央区
2026年2月 4日 (水)
2026年2月 3日 (火)
2026年2月 2日 (月)
大手橋のモダニズム(1916)
メラン式かと思ったが、単なるアーチ構造らしい。ほんとかな。アーチ上に並ぶ路盤を支える壁柱がそのまま伸びて手摺り支柱になるところがかっこよい。美しいモダニズム橋梁である。
清水建設のHPに竣工時の写真が載っている。金属製部分は失っているが、構造体はほぼそのままだ。橋灯や手すりは当初とかたちが違うようだが、よくできていると思う。
清水建設HP https://www.shimz.co.jp/works/jp_trans_192606_otebashi.html
メラン式とは鉄骨アーチを鉄筋コンクリートで巻く工法だ。鉄筋コンクリートは鉄骨の保護と同時に補強にもなっているのだろう。しかも、コンクリート型枠を鉄骨から吊り下げることができるので大掛かりな足場を必要としないという優れものだ。日本へは琵琶湖疏水で実験的に導入され、以後全国に普及した。

2026.01.31、大阪市中央区、東横堀
2026年2月 1日 (日)
2026年1月31日 (土)
2026年1月30日 (金)
2026年1月29日 (木)
2026年1月28日 (水)
JR摂津富田駅の双頭レール
プラットホーム上屋に使われている鉄骨は明治時代のI型レールで、いわゆる「双頭レール」と呼ばれるレアものだ。鉄道かいわいではここにあることは有名らしい。わたしは知らなかったので驚いた。
いたってシンプルな構造で美しい。他ではあまり見ない珍しいかたちだと思う。ウイッキによれば摂津富田駅は1924年開業だそうだ。かたちはそのころに見えるが、六角ボルトで締めているので戦後かも知れない。
2026.01.27、大阪府高槻市
2026年1月27日 (火)
2026年1月26日 (月)
駒井邸の黄色い型ガラス(1927)
ダイヤと呼ばれる型板ガラスである。ザラメのような凹凸が光を拡散して階段室を黄色に染める。黄色いガラスは礼拝室によく使われる。心を落ち着かせる効果があるのだろう。階段室は駒井邸の一番の見どころであるが、それはこの黄色い型板ガラスによる効果が大きい。
大正期の国産型板ガラスは4~5ミリと分厚かったようだ。これが2~3ミリとベルギー産なみに薄くなるのは1930年以降だそうだ。もしそうだとすれば、このガラスは薄いので輸入品ということになる。
材料からみた近代日本建築史その3、板ガラス生産と近代の日本家屋
https://www.kensetsu-plaza.com/kiji/post/29651
2026.01.25、京都市左京区、まいまい京都ツアーにて
2026年1月25日 (日)
なぜ駒井邸の手すりがゾウの鼻のようなのか
階段の曲がり角は踊り場ではなく三角形段板3枚による回り階段となっている。通常の設計ならば下側の手すりは角の支柱に突き当たって終わる。ここではゾウの鼻のように上へ伸びている。なぜか。
もし下の手すりがまっすぐ支柱に当たっていると、角を曲がるとき手すりを持ち替えねばならない。持ち替えるとき手が手すりからいったん離れる。回り階段は段板が狭いので足を踏み外すおそれがある。
そんなときに一瞬であっても手すりから手がはなれるのは危ない。そこで上下の手すりの継ぎ目で高さをそろえて、手がはなれないように工夫したのだろうとわたしは思う。行き届いた設計である。よく考えられていると思う。わたしも見習わねば。#まいまい京都
2026.01.25、京都市左京区、まいまい京都ツアーにて
2026年1月24日 (土)
2026年1月23日 (金)
旧木村時計店の4面時計
4面時計は1台の時計機械で4方向の針をまわす優れものだ。おそらく中に機械が残っているのではないか。かつて京大時計台や同志社女子大栄光館などに据えられていたが、今はデジタル化されて機械は撤去された 。残っていれば珍しい。
京都新聞に記事あり
時を超えた時計塔突如出現の謎“銀幕モダン”今に|THE KYOTO|京都新聞
(有料記事なのでわたしは未読である)

2026.01.22、上京区
2026年1月22日 (木)
2026年1月21日 (水)
ニデック京都タワービル(1964)
行くたびに撮っている。からし色のプラスチック板が描く曲線が美しい。眺める位置によって曲線が変わるので上がったり下りたりして撮っている。楽しい。
2025.07.25 京都タワービルの手すり
2025.07.02 ニデック京都タワービルの階段
2025.04.28 ニデック京都タワーのフードホール階段
2021.12.12 山田守の未来都市ここにあり

2026.01.12、京都市下京区
2026年1月20日 (火)
新京極のパテー館(1911)
以前ご紹介したところ、辻野さんから映画館の跡と教えていただいた。調べたところパテー館(朝日座、弥生座)らしい。レンガ壁は防火壁だと思う。延長が短いのは映写室だけを囲っているからかもしれない。
レンガ壁に隣接して、もうひとつのレンガ壁がある。その上に大正期と思われる木造壁が残っている。細かい横板は木摺りといい、プラスター下地によく使われる。これがパテー館の本体なのだろうか。
大正期の新京極を調べるために絵ハガキを集めている。ここに挙げた2枚は新京極通りに立って北を望んだ写真だ。突き当りが今の六角広場で夷谷(えびす)座が南面しているのが写っている。
1枚目の右側は映画館「キネマ倶楽部」で、その隣の洋館がパテー館だ。2枚目の右側がパテー館。入り口の上に看板絵が並んでいる。
いずれも大正時代の写真と思われる。この写真と同時代のレンガ壁がそのまま残っているのが不思議だ。

2026.01.18、京都市中京区


















































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