2022年9月27日 (火)

2消点の練習をした

ようやくスケッチしやすい季節となった。風があって少し寒いくらいだった。養父市場の市場というのは地名でむかし市場があったそうだ。ニシキゴイの泳ぐ水路のある古い集落で歩いているだけで楽しい。

この日は2消点パースの解説と実演をした。スケッチはパースではないが、描きあぐねたときの参考にはなるだろう。受講生がパースで描くとスケッチが硬くなると言っていたがそのとおりだと思う。人間の目には消失点へ向かうラインが直線ではなく曲線になるのだと思う。そうすると少しふくらんだ絵になるわけで、そのほうが自然に見えるのだと思う。パース図法はあくまで参考だからね。

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2022.09.24、兵庫県養父市養父市場、養父スケッチ教室

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2022年9月26日 (月)

愛知県庁南車庫(1938)

庇の先が丸くなっているだけで楽し気なおもむきがある。写真は数十メートルはある細長い建物の端で詰め所になっているらしい。昭和13年竣工と愛知県のHPにあった。

愛知県庁本庁舎 https://www.pref.aichi.jp/soshiki/zaisan/honchokaisetsu.html

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2018.02.19、愛知県庁

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2022年9月25日 (日)

中日新聞社北館のモダニズム

名古屋城の三ノ丸地区にある良質なモダンビル。跳ねだしの玄関ポーチや大ぶりな手すり壁、側壁のタイル貼りなどバランスがよくて見ていて飽きない。中も入ってみたい。

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2018.02.19、名古屋市

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2022年9月24日 (土)

四条通りの木造洋館

背の高い洋館のプロポーションに縦長の窓がよく似合っている。元は下見板張りだったように見える。典型的な木造洋館で端正な美しさがある。

改装されてはいるがほぼ原形を残している。このあたりの四条通り拡幅は昭和に入ってからだったと思うが、見かけは大正期なので拡幅以前の建てものなのかも知れない。

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2018.02.15、京都市中京区壬生。四条松本電機

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2022年9月23日 (金)

壬生の洋館

壬生寺近くの洋間付き住宅。緑釉瓦とタイル壁が美しい。鬼瓦になにか鬼ではないようなものがいておもしろい。デザインのテイストが末松工務店の住居部分と似ているので同じ設計者なのではないか。

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2012.09.13、京都市中京区壬生

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2022年9月22日 (木)

壬生の末松工務店(2)

事務所棟の西側の住宅部分。あまりほかで見たことのない和洋折衷のスタイル。屋根は緑釉がけのS字瓦で鬼瓦が凝っている。軒先が反って勾配が緩くなっているのも見たことがない。軒先を銅板葺きとして薄く仕上げたようすは数寄屋造りを思わせる。和洋がうまく混在しながら破綻なくまとめる手腕はただものではない。

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2018.02.15、京都市中京区壬生

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2022年9月20日 (火)

壬生の末松工務店

木造である。グーグルでみると瓦屋根がかかっている。屋根の庇を出さずに外壁の内側に納めている。こうした雨水の漏れやすい納まりでありながら今まで保っているのは、当初の施工がよいことと、その後のメンテナンスが行き届いているからだろう。セセッション風の堅実なデザインで、七条通りの村瀬本店と似ている。「京都市の近代化遺産」2006によれば大正から昭和初期の竣工。

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2018.02.15、京都市中京区壬生

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2022年9月19日 (月)

ダンジョン絵を練習した

授業で一点パースを教えるための導入としてダンジョン絵の課題を出した。わたしも1枚描いた。これで20分。もっと描き込めそうなものだけど根気が続かずここまで。パースにしろスケッチにしろ体力が大事だ。
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2022.09.16 / A4コピー紙、 2Bシャーペン0.5

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2022年9月18日 (日)

壬生の芥川医院

サンゴ色のラインが優し気だ。朱雀中学校前にある。ずっとこどもたちを診てくださったのだろう。丁寧に改修されていて建物を大事になさる心遣いが伝わる。

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2018.02.15、京都市中京区壬生

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2022年9月17日 (土)

元散髪屋さん

芋松湯のあたりだったと思うが場所を覚えていない。5年も前の写真なので今もあるかないかも分からない。ドイツ壁風のスタッコ仕上げで腰壁は清潔な白タイルを貼りまわしている。菱形の模様タイルの帯がすかしている。窓はなぜか一枚ものの型ガラスで、その前に鉄パイプの手すりを2本渡してあるのもかっこいい。

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2022.09.17、京都市右京区壬生

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2022年9月16日 (金)

記憶のなかのサンタマリアノヴェッラ

かみさんに知ったかぶりをして描いたサンタ・マリア・ノヴェッラが左だ。本当は右のような姿をしている。記憶とはことほどさように頼りないが、それでもなんとなく似ているのがおもしろい。会堂は13世紀に着工したが、正面は1470年に建築家アルベルティが完成させた。遊び心にあふれた楽し気な建築である。
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2022年9月15日 (木)

京都国博旧資料棟

京大の増田友也かと思うがよく分からない。旧東山区役所の西となりにあり東山通から見える。西側は崖になっていて全体で3階建てになっている。下2階分は増築予定だったようで、床が小庇のように突き出ている。完成すればけっこう大きな建物となったろう。東山通り側は深い庇のまわった落ち着いたデザインだ。詳細不詳。

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2017.12.13、京都市東山区

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2022年9月14日 (水)

京都国博北収蔵庫(1956森田慶一)

森田設計の平常展示館(1965)は建て替えられたが、北収蔵庫は残っている。竣工当時は「北倉」と呼んだらしい。庇下のギザギザやレンガ壁の訳あり顔の半円型の換気口など見た瞬間に森田と分かる。わたしはいまもって森田がなにをしたかったのか説明できないが、見たとたんに分かるということはそれなりに理解しているのかもしれない。

タテヨコの柱や梁を表に出して庇を出すのは平常展示館と同じだ。庇下のギザギザは屋根が本体から浮いているという表現なのだろう。そうすることで軽やかさを強調している。レンガ壁は旧館の赤レンガに合わせたのだろう。半円型換気口も旧館のアーチ窓やドーマー窓のイメージなのかもしれない。そう考えてくるとタテヨコの柱や梁を強調するのも旧館の新古典主義様式に準じていると言えなくもない。新古典主義の現代的解釈とでもいうような理解でよいのだろうか。

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2017.12.13、京都市東山区

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2022年9月13日 (火)

京大時計台にはケルト模様がある

京大時計台は弟子たちがよってたかって作ったが随所に武田的ディテールが散りばめられている。このテラコッタなどは世紀末のイラストレーターであるビアズレーを思わせる。

図形分析をしてみたところ、方眼紙とコンパスで描いていることが分かる。まさしく武田的ディテールだといえよう。描いてみて分かったがこの図案はビアズレーというよりケルト文様ではないか。いかにも英国に留学した武田らしい。

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2017.10.04、京都大学百年記念時計台記念館

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2022年9月12日 (月)

鳳凰堂は舞台装置だった

鳳凰堂を建てた藤原頼通は死に際して極楽往生を願うため阿弥陀と自分とを糸でむすんだという。おそらく頼通は池のこちら側に寝かされて糸を握りながら夕闇に沈みゆく鳳凰堂を見たのだろう。日が鳳凰堂の裏側へ没し鳳凰堂は夕映えの朱に染まる。回廊には天女に扮した楽士がならび妙なる楽曲を奏でた。鳳凰堂は阿弥陀の来迎のイベントのための舞台装置だったわけだ。

わたしは池の水位を上げて左右の翼廊の足元を水没させたと思う。2階の床が高いのは、厳島神社の海中回廊のように水中に立ち上がる形式なのではないか。そのあたりが闇に沈みかがり火に照らしだされた鳳凰堂は水面に映った鏡像と一体になって、まるで宙に浮いたように見えたと思う。

武田五一が尾廊は鳳凰の尾を模したのではないと言ったが、それは尾廊が裏側で見えないからだろう。あくまで鳳凰堂は池の側から見える部分が重要なのであって、尾廊は裏通路としての役割を担ったのだろう。

いずれにしても、一夜のイベントのための施設がその後1000年残るとはだれも思わなかったのではないか。

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2022.09.02、平等院鳳凰堂(京都府宇治市)

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2022年9月10日 (土)

法界寺はいいぞ

屋根葺き師研修の受講生らと法界寺へ行った。ここはいつ来ても静かでとてもよい。来るたびに発見があるが、今回は外陣と内陣とのあいだに梁がないことに気づいた。まさか外陣と内陣とがつながっていないわけがなかろう。化粧垂木の上に隠れているだけだと思ったが本当にないらしい。いったいどういうことなのだろう。

続けて平等院を見学した。このふたつのお堂はよく似ていると思っていたが続けて見れば似ていることがよく分かる。お堂のまわりに庇をまわして回廊としていることや庇の正面を一段上げているところなどが似ている。大きく違うところは内陣が省略されていることだが、これはお堂内に人を入れることをあまり意識していないからだろう。

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2022.09.02、法界寺(京都市)
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2022.09.02、平等院(宇治市)

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2022年9月 9日 (金)

サン北浜ビル(1982)

 立面をタテにふたつに割って変化をつけている。角のガラスの映り込みがおもしろい。右側にバルコニーを設けて影を落としタテ方向へのリズムを作り出しているところがうまい。バルコニーの手すりが村野風の金属パネルなのも目を引く。中央の大窓の四角い囲みも60年代デザインを思わせてとてもよい。なかなかこうは設計できない。手練れによる作品である。不動産情報によれば1982年竣工。玄関の定礎は1981年。設計施工不詳。

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2022.09.03、大阪市中央区北浜

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2022年9月 7日 (水)

課題「学校増築」中間発表(京都建築専門学校二部)

 夏休み前に課題の中間発表をしたのでメモしておく。本校横の敷地に教室を増築する計画。

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03 L型増築部と既存部とのコの字型プラン、イベントホールを外部に開く、安藤忠雄風のフレームと屋上庭園
10 ロの字型プラン、中央に吹き抜けのチムニー効果と屋上緑化により温熱環境を管理する
11 外部との交流の場を1階にまとめる、聖アグネス教会のようなクラシックデザイン
12 コの字型の増築部と既存部とのロの字型プラン、地域交流の場としての中庭の茶室を毎年更新

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13 1/4円の湾曲校舎、ローマのコロセウム風のアーチ構造を試みる
21 複数の四角形平面を不規則に散財させ、空中廊下で接続する
01 堀川通り側は町並みに合わせたRC町家とする。コの字型プランのなかに茶室と路地を埋め込んで密集感を出す

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02 1/4円の湾曲校舎、扇をイメージしたデザイン
14 南側に新校舎をまとめ、北側に設けた竹林のなかに茶室を設置する
19 完全埋没校舎、露天掘り鉱山のようなひな壇に教室を並べる
06 半地下ピロティが駐車場兼木工教室
15 北西側に象徴的なホールを設置し、その裏側の校舎からホールが眺められる

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17 空を大きく残し景観に配慮、グリットに床と壁を組み合わせたユニットを仕込む
16 街路側を植栽し、その外側に壁を立てる、1階は抜けていて植栽がかいま見える
22 路地を設けて各教室へアプローチする
23 水面に囲まれたホールとカフェを設ける
24 南側に校舎をまとめ、北側の庭園に茶室とカフェを設ける
2022
09 北西側の湾曲校舎と南側校舎と既存部とでサンクンガーデンを取り囲む
04 校舎を南北2棟に分け、そのあいだを庭園とする
05 コンパクトにまとめた校舎から木工場を眺める
26 コの字型の増築部と既存部が中庭を囲む
18 北西側に湾曲回廊を設け、回廊ごしにイベント広場が見える、教室は開放的なロフト風デザイン

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2022年9月 6日 (火)

青蓮院庭園の小堀遠州的なところ

青蓮院の庭は何度か訪れているが気づかなかった。池の向こう側に巨石の連壁が埋もれている。最初は岩盤が露出しているのかと思ったが、いくつかの岩を組んだり積んだりしているので石組みであることは間違いない。よく似ているのは圓徳院庭園の巨石連壁だ。圓徳院庭園は小堀遠州の作庭をねねが伏見城から移築したと伝わる。青蓮院庭園の巨石連壁も遠州作庭ではないのか。

この庭は相阿弥の作庭と言われる。相阿弥は義政の同朋衆だそうだ。よく知らないのだが、遠州よりも50年ほど前の人物である。義政の作庭した銀閣寺庭園にもこうした巨石連壁があるのか。

そもそも巨石連壁と、池のなかの平たい石、それを拝むような青縞の船着石の意味が分からない。庭園の定型から逸脱しているのか、それとも庭が改変されて分からなくなっているのか。今度は銀閣寺庭園を見たい。

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2022.08.30/A6セクションノート、ボールペン、色エンピツ/京都市東山区、青蓮院

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2022年9月 5日 (月)

生駒ビルは五角形

スケッチ教室でわたしは2枚描いた。ハガキサイズだと1枚20分くらい。夏バテで力が出ないので線の勢いもないし形のとりかたも鈍っている。それはそれでおもしろい。

今さらながら生駒ビルの平面が五角形であることに気づいた。生駒時計店のマークは駒形に「生」の字だ。駒形は将棋のコマに見るように五角形である。駒形は陰陽五行の天地の理に従う正統であるというくらいの意味だろう。だから江戸時代の公告の駒札も五角形だ。

生駒ビルのマークは中央装飾の一番上にある。駒形は緑色だ。緑は木気の色なので春を象徴する。五行に従って春に生まれるというおめでたいマークなのだろう。ビルが五角形なのも角地だからというだけではないように思う。
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2022.09.03/ワトソン紙はがきサイズ、グラフィックペン0.3、固形透明水彩/大阪市中央区

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2022年9月 4日 (日)

生駒ビルを斜め描きした

いつもは正面描きなのだが、今回は建物を斜めから描く斜め描きをした。参考として二消点パースを実演した。こうした見上げた風景は二消点で描くとゆがみ過ぎるのだが、どう描いてよいか迷ったときの手掛かりにはなるだろう。案外みんな楽しく描いていたのは建物がよいからだろう。それぞれ個性のよく分かるおもしろい絵になった。

カルチャーハウス香里園「近代建築を描くお散歩スケッチ」
https://culture-house.com/course/61e4c7e8a9defb00291ef6a2

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2022.09.03、生駒ビル

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2022年9月 3日 (土)

唐破風の祭壇を設計した

屋根葺き研修の製図授業は唐破風実測から始めるが、その次は唐破風のルールにしたがって自由にデザインする課題にしている。わたしも一緒の描いてみた。唐破風を設計したのは2回目。なかなかおもしろい。
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2022.09.02、A2ケント紙、シャーペン0.5、透明水彩

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2022年9月 2日 (金)

屋根葺き師は知恩院三門に感動する

屋根葺き師研修会で唐破風の製図講習をしている。会場は清水坂の旧清水小跡の裏という文化財の宝庫みたいな土地なので唐破風を探しに出や。高台寺の月見台や青蓮院の大玄関など見学してきた。知恩院の三門に若い屋根葺き師たちが感動していた。大きいというだけで興奮するのがおもしろい。きょうは研究会最終日なので課題を仕上げたあと日野の法界寺を見てくる。

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2022.08.30、知恩院前のカフェにて

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2022年8月29日 (月)

永平寺は何段なのか

永平寺は斜面をひな壇造成して作られている。なぜこんな面倒なことをしたのだろうか。まだよく分からないが、とりあえず絵に起こしてみると6段なのが分かる。それじゃあ易じゃないか。と思い至り、これを易で読めば離為火(りいか)となる。火がいっぱいあるというシンプルな卦である。火は土を生む。土用を盛んにして水の霊地から木気を生もうとしているように読める。木気は再生を象徴する。永平寺の伽藍配置は再生をテーマにしているように私には見える。
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2022.08.29

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2022年8月28日 (日)

粟津演舞場をスケッチした

40分くらい描いて時間切れとなった。師匠はよくどこでやめても絵になるようにスケッチしろと言っていたことを思い出す。昭和初期の木造劇場。有志により修理され使えるようになったという。設計は小松出身の建築家・安井禎夫。登録文化財。
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2022.08.24/ヴァフアール紙粗目F6、グラフィックペン0.5、固形透明水彩 /石川県小松市粟津温泉

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2022年8月27日 (土)

永平寺大工の木彫を見よ

全山こうした楽しい木彫にあふれていて見飽きない。いずれも永平寺大工の作品である。コモの工匠がフィレンツェの花の大聖堂を作ったように永平寺大工は永平寺伽藍の荘厳を作り続けたのだろう。

ここにあげたのは扉のパネル(鏡板)の模様彫り。1枚目の網代風のものは初めて見た。2枚目は飛騨高山の千光寺のもの(3枚目)と作りかたがよく似ている。というより同じだろう。実は永平寺から高山までは高速で2時間ほどで行ける。永平寺大工は飛騨の匠の系統なのではないか。

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2022.08.23、福井県、永平寺
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2021.08.19、岐阜県高山市、千光寺

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2022年8月26日 (金)

永平寺法堂に和風照明があった

古い照明器具が残っていた。武田が永平寺に入ったのが昭和初期なのでそのころのものだと思う。武田設計の建物が一棟あるが、そのために赴いたのではなかろう。永平寺の文化財修理の過程でなにか問題があって呼ばれたのだと思う。そのうち調べてみたい。

各堂内には戦前の和風照明や天井付けサーキュレーター(扇風機)などが残っていた。こういった設備系にも武田は関わったのではないかと思わせるデザインだ。ほかに要所に防火扉が設置されている。全山的に防火体制の構築にも武田は関係しているのかも知れない。

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2022.08.23、福井県永平寺町、永平寺

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2022年8月25日 (木)

木気の霊地・永平寺へ行ってきた

高校生のころに来て以来だ。これほど水の豊かな場所だとは知らなかった。いたるところに湧水があり、それが階段回廊沿いの水路を流れ落ちるので、どこにいても絶えず水の音が聴こえる。あらゆるものが苔むしていてここが水気に満ちた木気の霊地であることがよく分かる。

斜面をひな壇造成した立体的な境内なのもおもしろかった。山門、中雀門、仏堂、法堂(はっとう)と一直線に並ぶが、その中央軸に道はない。道がないのはほかの禅宗寺院もそうなのだが、ここでは境内が立体化することで中央軸が空中回廊のような仏の道であることが視覚的に迫る。

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2022.08.23、福井県、永平寺

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2022年8月24日 (水)

JR新大阪駅(1964)

あしざまに言われることの多い新幹線駅舎だがわたしはよくできていると思う。京都駅などは何度も改修されてその良さは失われたが、新大阪駅は当初デザインをよく保持している。ステンレス製サッシュの外壁やアルミ製天井など素材の使いかたがていねいだ。天井高さを必要以上に高くして見通しを確保している。そのことで単調になりがちなまっすぐなロビーを魅力的な場所にしている。2階を一般乗降客用、1階を大型バス用に分けた計画もうまい。「大阪の建築ガイドブック」(1982第三版)によれば設計は国鉄大阪幹線工事局建築課、鉄道会館一級建築士事務所、施工は大林組、1964年竣工。

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2017.09.20、JR新大阪駅

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2022年8月23日 (火)

日銀大阪支店をスケッチした

前から描きたかった。向いの市役所のフェンスに腰掛けて描いた。これで30分。

描いてみて水平が強調されていることがよく分かった。パラペットから上が銅張りで、その下が白御影石貼りのきれいなツートンになっている。そのためにすっきりとした印象を与えてくれる。同時に壁面にタテのラインがほとんどない。水平を強調するのは武田五一の特徴だが、それは師匠ゆずりだったことがよく分かった。

外壁保存で中央ドーム下の貴賓室だけ復元されている。ここまで残すなら内部を解体する必要はなかったろうと思う。

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2022.08.20/ヴァフアール紙粗目F6、グラフィックペン0.5、固形透明水彩 /大阪市

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«スケッチは2枚目がよいという謎